世界的アドベンチャーレーサーが語る
スノーカントリートレイルの魅力

作成: 日時: 2024年7月8日
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―SCT(スノーカントリートレイル)を発案した経緯を教えてください。
田中:もともとはカッパCLUB(みなかみ町でラフティングなどアウトドアツアーを企画運営)を立ち上げた故小橋研二さんと2人で、ロングトレイルのトレイルランニングレースをしたいというのが発案の原点です。ヨーロッパのモンブランの周りをまわる「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」という、100マイルつまり160キロ超の世界有数のレースがあり、最初は谷川岳を大きく一周するレースができないかと考えました。

 

―始まりはトレイルランニングをしようということだったのですね。
田中:発案当初の2010年ころ、小橋さんは雪国観光圏の会議に出席して「面白そうなことはやってみよう」という雰囲気に触れました。こうした中で、7市町村にまたがる雪国観光圏をぐるりと回るようにできないかと思うようになりました。ロングトレイルのトレイルランのレースは160キロほどがせいぜいですが、300キロ、400キロでもエリアを大きくとって、広域で作った方が面白いのではないかということになりました。

 

 

―そこからルートづくりが進んでいったと。
田中:雪国観光圏でSCTのワーキンググループを作り、各市町村の担当者、観光協会の方、オブザーバーの機関の方にも入っていただきました。僕の案をたたき台に、一般の人が歩く際の安全やトイレの管理、どこで下山、入山するのかといった課題を踏まえて、各市町村に実現可能なルートであり、かつ隣の市町村のルートとつながるようにと選定していただきました。市町村の垣根を越えて、広域で一緒になっての取り組みです。
ルートができるまでに3、4年かけたでしょうか。でも、固定するのではなく、より魅力的なコースができれば変えていきましょうと、結構柔軟に運営しています。
例えば、津南町のジオパークのコースは地元の方が古道を開拓しました。段丘のヘリを歩いていくそうです。トレイルは基本的に各地域で管理していただいているんです。自分たちの道は自分たちで管理し、魅力を発信する。ひたすら歩くだけでは気づかないことを、地元の方に教えてもらったり、それを見られたりするのって理想ですよね。
SCTはそれをまとめ上げたものです。SCTを活用して、自分たちの地域の魅力を発信していただけたらと思います。

 

―世界的アドベンチャーレーサーの田中さんから見て、ルートの魅力は。
田中:一部舗装道路が多い区間もありますが、何といっても里を巡ることです。一般の人も楽しく無理なく歩けるようにというのはもちろん考慮しています。山を越えて向こうはどんな景色なんだろうと。文化も雰囲気も異なる地域へ、それを楽しみに先を目指して歩いてもらえるのではないでしょうか。
山を縦走するのもいいのですが、下見に行ったときに、里を歩く魅力に気づきました。雪国観光圏は雪国の文化や魅力を感じられるエリアです。魚沼の駒ケ岳のふもとを歩いていたとき、もんだゼンマイが道いっぱいに広げられている光景を見ました。これが田舎の暮らしなんだと感銘を受けました。田んぼ一つとっても、春、夏、秋で様相が全く違うし、そこで働く方もいる。季節ごとに移ろう人々の暮らしを楽しめます。

 

―今も残る雪国の暮らし、里山の暮らしが間近で見られると。
田中:僕はアウトドアスポーツをするためにみなかみ町に移り住みましたが、田舎暮らしって贅沢なんですよ。空気も水もおいしいし、朝目覚めたときに窓を開けただけでも、素晴らしい景色とさわやかな風がある。都会とは違う贅沢があります。なおかつ、田舎には力強さというか、「本物」の暮らしがあります。
2011年の東日本大震災の時、みなかみ町でアウトドアガイドの人たちを集めて支援しようと災害支援チームを作りました。現代の科学文明の発達したインフラがなくなってしまったなか、震災後1週間で現地に入りました。避難所では周辺の木材を拾って、かまどを作って煮炊きして、トイレを管理していました。予想外だったのは、年配の方が元気だったことです。年配の方が指示をして、若い人が聞き、みんなで避難所を運営していました。年配の方は「昔はこんなだったよね」なんて笑って、意外と明るかったんです。
そこで、人間って強いなと。良い意味でカルチャーショックでした。
科学文明の発達した世の中は、一瞬で壊れてしまう危うい生活かもしれません。でも、木を燃やして、火を焚いて、山や川から水を汲んできて…というのは揺るがない。何が起きても絶対にぶれない。これが本当の生活スタイルではないでしょうか。
田舎の人は、そういう生活をベースにしています。現代は便利ではありますが、田舎にはまだ、こうした生活スタイルがあって、それをできる人がたくさんいます。家の周りに食べられるものを植えていて、例えばサンショウの木とかミョウガがあったり、裏山にシイタケのほだ木を転がしていて、秋になればいくらでも食べられたりとか。近くの裏山が自然の恵みを受けた宝の宝庫で、自然と共存した生き方があるんです。
都会の人もいつインフラがなくなるか分からないのに、そうした本物の生活ができなくて大丈夫なのだろうかと感じます。雪国観光圏エリアにはまだ、そうした生活スタイルがあります。それを多くの人に体験してほしいんです。SCTでいろいろな里を巡って、地域の人々の暮らしを生で見て、体感してもらう。そんな旅をしていただけたらすごくうれしい。現代人、特に都会の人には重要ではないでしょうか。

 

 

―自然のみならず、人々の営みを感じられるトレイルというのは面白いですね。
田中:日本ではピークハント(山の頂上に登ること)の登山がメーンになっています。山岳信仰があるのかもしれませんが、山頂に神社の奥社があり、信仰の対象としてピークハントの登山をするといったようなものが多い。ただ、古道という意味では、低い鞍部(峠、コル)のような場所を超えて隣の集落に行っていた「生活の道」があるわけです。高いピークに行くことだけでなく、生活の道であるすそ野を歩く。生きた道を歩いて、いろいろな里を巡る旅です。頂だけでなく、峰の低い部分を越えていく峠道やすそ野を歩くという山歩きがトレイルの魅力です。
海外のトレッキングルートも、ピークハントではなく、すそ野を歩くんですよ。ピークはすそ野で見て楽しむ。だからトレイルランニングのレースもそういうスタンスが多いんです。モンブランのレースも、モンブランには登らず、周りを一周します。
国内では富士山の周りをまわる100マイルのレースが人気ですが、富士山って方角によっても見え方が違って、いろいろな方向から見て美しいんですね。それを全部楽しめるというわけです。
山って登るのもいいけど、すそ野からさまざまな角度で見たり、朝日や夕日の中だったりと、多彩な景色を遠くから見て楽しむのもすごくいいと思っています。

 

―山を登って下るだけで終わらず、ゆっくり楽しむという感じですね。
田中:人の営みが見えると飽きないですよね。日本の自然は豊かなので、里山から山を登ると、どんどん植生や景色が変わります。でも生活エリアも自然とは違った面白さがあります。集落の地名だけでも、あるいは屋号で呼び合うといった都会にはない習慣も興味深いですし、歴史も感じられます。興味が尽きなくて、見ていて楽しい。きょろきょろしてしまいます。SCTでは寄り道をしながらたどってもらい、自然や文化を丸ごと感じてほしいです。

 

―セクションハイクとスルーハイクがあります。
田中:セクションハイクは全体の区間を小分けにして歩き、最終的につなげて踏破してもらいます。それぞれの生活パターンに合わせて、週末だけ歩くなど、何か月もかけて目指す。無理のないスタンスでいいと思います。
スルーハイクはチャレンジですね。チャレンジ精神でやってもらう感じかな。セクションハイク、スルーハイクと、いろんな楽しみ方ができると思います。

 

―これまでスルーハイクを踏破したのは2名。なかなか難しいのでしょうか。
田中:300キロ以上を普通に歩いたら、すごく時間がかかる。普通の人だと、健脚で頑張っても1日20キロくらい。20日間くらい、場合によっては1か月くらいでしょうか。
休みをとって、その期間をずっと歩いていなければいけない。いろんなものを調整しながら歩いてもらうし、体力的にも毎日毎日歩くのはつらいですが、そのチャレンジがいい。挑戦者がもう少し増えたらいいですよね。
もっと多くの方にSCTを知ってほしいとも思います。トレイルランニングする人は大会に出てという人が多いが、最近は自分たちで企画していろんなところを走る人が増えています。実力のある人たちが自分たちでロングトレイルを設定して挑戦するんです。滋賀県の周りを一周したり、山梨県の県境を一周したり。それも一週間、二週間かけて行う。なかには日本縦断みたいなことをやっている人や、東海道を日本橋から京都の方まで昔の東海道を踏破するといった人もいます。そうした人が増えている中で、SCTにも挑戦してもらえるといいですね。

 

 

―初めて歩く人、たまたま温泉に泊まりに来たので少し歩いてみようという方もいるかもしれません
田中:良いとこどりをしたモデルコースもいくつか作ってきました。地域ごとのモデルコースを泊まりにきたお客さんに提案できたらいいかなと。自分で歩いてもらうのもいいし、地元の人のガイドで自然や歴史、文化の説明を受けながら歩けたら、より深く地域を知り、理解できると思います。ツアー商品も増やしていきたいですね。

 

―長距離を歩くのが不安な人へのアドバイスは。
田中:まずは無理のないように。楽しい範囲で歩いてもらうのが一番です。長い距離なので、頑張っちゃうとつらい思い出だけで終わります。続けて歩くためにも、無理なく楽しく、また次に来たいと思えるようマイペースに取り組んでもらうのが、ロングトレイルらしいと思います。

 

―山道を歩くコツはありますか。
田中:自然の中なので、いろいろな危険要素も出てきます。最初は無理のない、道迷いしにくい道を歩いてください。あまり標高の高いところまで登るのだと、いろいろなトラブルが発生する可能性があります。まずは無理のない里山あたりから歩いて経験を増やしたり、山歩きの経験のある方や地元ガイドと歩いたりというのから始めてください。慣れてきたら自分で行動するといったステップを踏んでいくと、安全で無理なく楽しくめるのではないでしょうか。

 

―ポールを持つ人もいますね。
田中:ポールは便利だし、登りも下りも楽です。山は不整地なので、バランスを保とうとする筋肉を結構使うんです。普段、あまり熱心にスポーツしていない方で、姿勢を維持してバランスをとるための筋力が養われていない場合、ふらふらするだけで疲れます。ストックがあるとバランスを取りやすく、ストックの支えですごく安定する。
また、登りのときにストックを使って腕の力も使えると、脚力の消耗を抑えられます。特に足の負担が大きいのは下りのときです。着地の衝撃があり、段差が大きいところでは結構つらいと思いますが、ストックを先につき、体重を少し預けて一歩踏み出すと筋力的に楽です。一本の杖みたいな使い方ではなくて、両手で持つダブルストックというのですが、そちらに慣れるととても楽になります。

 

―クマよけの鈴は必要ですか。
田中:クマよけの鈴は持った方がいいです。クマは最近どんどん数も増えているみたいですし、里の方にも下りているという話を全国的に聞きます。クマも人間を恐れているので、積極的に人間を襲うことはないんですね。ただ、お互いに気づかず、ばったり会うことで、びっくりして襲うパターンが多いです。唐突に出会わないことが大事です。人間の存在を知らせていけば、クマが気づいて去っていくのが普通です。音を出して、人間の存在を知らせながら歩いた方が安全です。

 

―ちなみに田中さんがSCTで印象的なポイントを教えてください。
田中:私にとっては、みなかみエリアは地元すぎて普通の景色になってしまっていて。谷川岳も普通の景色になっているのですが、山でいうと、駒ケ岳でしょうか。山自体は標高が高くて一気に登るので、体力的にきついのですが、歴史を感じる昔の通り道の雰囲気があります。秋の紅葉がきれいなときに登りましたが、山の上が雪ではないけれども、霜で白くなっていたんです。紅葉と白い山肌のコントラストがきれいでした。

 

 

―海外にもアパラチアントレイルなど名前の知られたトレイルがありますね。
田中:そもそも歩くのが好きですよね。健康的だし、リフレッシュできますもんね。イギリスはフットパス(地域の景色を楽しみながら歩く散歩道)という文化があって、全土に毛細血管のように広がっています。牧場や民家の庭といった私有地にも延びているそうです。それというのも歩く権利を100年くらい闘争して勝ち取ったらしいです。
楽しめる環境を自分たちで作っていくのが大事ですよね。海外の人は自分たちで作り、管理して楽しむのだと実感します。自然と関わるとか、自分たちがやりたいことをやろうとすることに関して、権利を勝ち取ろうとするし、ルールをしっかり作ります。議論をいとわないというか。
日本の登山道というと山歩きする人たちだけのものに感じますが、ヨーロッパに行くと、マウンテンバイクに乗る人がいたり、パラグライダーを背負って登り飛ぶ人がいたりする。いろいろな楽しみ方をする人がいて、ルールもある。でも自然にルールができるわけじゃないから、みんなが楽しめるように議論しあっているのでしょう。自己主張の少ない日本人は苦手なところかもしれません。そこは海外の文化をまねて、みんなが楽しめるように、みんなが自然の中を歩けるようにできたらいいと思います。

 

SCTコースディレクター
田中正人さん

プロアドベンチャーレーサー。1967年12月2日生まれ。埼玉県出身。群馬県みなかみ町在住。
Team EAST WIND所属。カッパCLUB勤務。アドベンチャーレースの世界大会で数々の実績を作り、日本を代表するアドベンチャーレーサーとして活躍。50代を超えてもなお、第一線で活躍を続けるベテランレーサーとして、多くのファンを魅了している。
TV出演では“鬼軍曹”としてもユニークな存在感を示している。