雪国と温泉♡
–自然と環境が生み出した温泉郡–

作成: 日時: 2022年12月17日
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フォッサマグナによって生まれた、
多種多様な温泉群

 

温泉の泉質は温泉水1㎏中の溶存物質量(溶けている物質の量)が1000㎎以上のものが塩類泉と呼ばれ、未満のものが単純泉と呼ばれている。塩類泉はその成分の違いによって塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、二酸化炭素泉、硫黄泉など9つに分かれる。
また、温泉の熱源も火山活動の熱による火山性温泉と、地下の高圧や熱源によって熱を持つ非火山性の温泉に分けられる。
3県にまたがる雪国観光圏は、その点じつに多種多様な温泉が数多く分布している。雪国観光圏は雪国温泉圏と言い換えることさえ可能だろう。多種多様な泉質と成り立ちを持つ温泉群が誕生した背景には、じつはこの地域自体の成り立ちが大いに関係している。
フォッサマグナという言葉を聞いたことがあるだろうか?約1600万年前、日本列島は静岡―糸魚川構造線と、銚子―小出―村上を結ぶ構造線で二つに分かれていた。そしてこの間は大きな深い溝となっていて、日本海と太平洋がつながる、さながら海峡のようになっていた。
この溝の中に、いまの関東平野や群馬県、新潟県がすっぽりと収まる。つまりかつてはこの地域全体が海底だったのだ。ところがこの海底は激しい地殻変動と火山活動の中心部でもあった。地層が隆起し、活発な海底火山の活動による堆積物が積もって、約200万年までには地続きとなった。その後も隆起と火山活動が続き、富士山や日本アルプス、そして関東山地から越後山脈といった、日本でもっとも高い山々がひしめく場所となった。日本列島でもっとも深かった場所が、もっとも高い場所になったのである。
新潟県糸魚川市にあるフォッサマグナミュージアム館長の竹之内耕さんは、「フォッサマグナのような特殊な地形は、じつは世界のどこにも例がありません」と話す。そしてこの激しい地殻変動と火山活動によって、この地域には地震などの災害も多いが、同時に温泉など自然の恵みも多い。フォッサマグナは火山の道であり、同時に温泉の道なのだ。
ただ一言で、フォッサマグナと言っても、その中の地質の成り立ちは各所によって違う。たとえば信濃川と魚野川が流れる十日町と魚沼の地域には、広く魚沼層群と呼ばれる地質となっている。これはかつてこのあたりが海底だった頃、土砂が堆積してできたものだ。
六日町盆地と十日町盆地の間を遮る魚沼山地は、この魚沼層が隆起して出来上がっている。いっぽう群馬県と接する県境を走る越後山脈は、安山岩や花崗岩などの岩体が中心だ。それは山脈を超えたみなかみ町など、群馬県側まで続いている。
また、長野県境に近い津南は、信濃川の流れによって削られた壮大な河岸段丘の地形となっている。そこに苗場山の噴火による溶岩がかぶさり、複雑な地形を作り上げている。
さらに津南の奥の秋山郷は古い岩体が中津川の急流に削られ、狭隘で急峻な地形を作り出している。それはまさに秘境と呼ぶにふさわしい。

フォッサマグナによる激しい地殻変動や火山活動によって生まれた、これらの複雑な地質と地形が、そのままこの地域の多種多様な温泉の出現につながっているわけだ。

 

河岸段丘 秋山郷

苗場山と鳥甲山に挟まれた中津川渓谷。全長約20kmに及ぶこの渓谷に点在する集落を総称して[秋山郷]と呼びます。独特な生活様式や文化が今も息づき、[日本の秘境100選]に選ばれる。

 

松之山温泉の温泉やぐら

松之山温泉街の坂道を登ると、湯元川沿いに湯けむり立ち上る温泉やぐらを見ることができる。大地から湧き出るエネルギーが地表に表出する姿は圧巻だ。

 
 

絶妙な地形が生んだ豊かな水が
雪国観光圏の温泉源となる

 

温泉が誕生するには豊富な熱源と共に、豊かな地下水が必要だ。その水の豊かさは、まさに雪国観光圏ならではだろう。苗場山麓ジオパーク推進室長の佐藤雅一さんは、この地域の特異性を解説する。「この辺りは冬になると積雪が3mを超える豪雪地帯です。じつはこれほどの積雪があり、しかも人々が継続的に暮らしている地域は、世界広しと言えどこの地域しかありません」
じつは雪国観光圏は北緯37度の線上にある。これは韓国ソウル、ギリシャのアテネ、ポルトガルのリスボン、アメリカのワシントンDCやサンフランシスコと同緯度で、ほぼ一直線上に並んでいる。
「ソウル以外は、温暖な都市ばかりでしょう。同じ37度でありながら、この雪国観光圏だけは、豪雪地帯なのです。それは日本海の存在と、冬に吹き付けるシベリアからの冷たい季節風が関係しています」と佐藤さん。
冬、シベリアからの冷たい季節風が日本海を横切り日本列島に吹き付ける。対馬暖流が北上する温かい日本海の上を横切る際、冷たく乾燥した風がたっぷりと水蒸気を蓄え、巨大な雲を形成する。そして日本列島の中央部、かつてフォッサマグナだったが、いまや最も高い山脈がならぶ北アルプスや越後山脈などにぶつかる。急激に上昇する湿った大気は、そこで一気に凝結し、大量の雪となってこの地域に降り注ぐ。
「ただし、この雪は青森や北海道のような極寒の地に振るパウダースノーではありません。外気温がそれほど高くないため、湿った重い雪です。風に吹き飛ばされることなく積もる。だから3m、4mという積雪に達します」
この大量に降り積もる湿潤な雪こそ、雪国観光圏ならでは。日本の他の地域どころか、世界のどこにも見当たらない。
「言うならば、温かい雪といってもいい。津南町特産の雪下ニンジンは雪下でも氷点下にはならない絶妙な環境だからこそ糖度の高いおいしいニンジンに育ちます。雪で作ったかまくらのなかが意外に暖かいように、降り積もった雪が風よけになり、むしろ寒さを防いだ」と佐藤さんは話す。
縄文時代も、この地域は豪雪地帯だったことが知られている。むしろ縄文人にとって、この地域の「温かく湿った雪」が越冬のために好都合だった。津南から十日町にかけての、妻有地区では、たくさんの縄文遺跡が発掘され、この地が縄文文化の一大中心地であったことが、それを証明している。
いずれにしても、日本海と冷たい季節風、そして急峻な山脈という組み合わせが、北緯37度の温かい豪雪を生み出した。その大量の雪が、豊かな水脈となって地下に届く。そしてこれまたフォッサマグナという世界でも珍しい、熱いエネルギーを蓄えた地殻によって温められ、多種多様な温泉としてあちこちに湧き出しているのだ。

 

多雪による豊富で清冽な水

5〜6月の利根川は雪解け水が流れ込み、水量の多い力強い流れの川だが、7月以降は落ち着き、景色とともに、心地よい川の流れる音や、涼しさを感じる清流のにおいなど、夏ならではの涼も楽しむことができる。

 

温かい雪の賜物

津南町の名産品である「雪下にんじん」は秋に収穫時期を迎える人参を、冬の間雪の下で寝かせる。野菜は寒くなると凍らないように、デンプンを糖に変え、甘みが増す性質を生かした雪国の知恵。

 
 

大地と自然の奇跡の配剤と
太古の文化の歴史を”肌”で感じよう

 

たとえば津南の9段とも10段とも言われる壮大な河岸段丘のパノラマを観ながら、温泉に浸かってみる。信濃川の流れを望みつつ、秋には紅葉の山々を眺めながら温泉を楽しむことができる。
また、魚沼山地のなだらかな丘陵を眺めながら、あるいは越後三山の雄大な山塊を望みながら、体を温めることができる。なんといっても、冬、まさにこの地の雪に囲まれながら温泉に浸かることができるのは、雪国観光圏ならではの温泉の楽しみだろう。
日常の雑音から離れ、温泉の恵みに体を預ける。心身が解き放たれ、癒されるとともに、眠っていた何かが覚醒するかもしれない。
昔から、多くの作家や芸術家がこの地の温泉を訪ね、逗留した。インスピレーションや創造性がかき立てられ、新たなる創作のきっかけになったに違いない。
すでに前に書かれているように、湯沢を訪れた川端康成しかり、法師温泉を気に入っていた与謝野晶子しかり。それ以外にもみなかみ町の谷川温泉を愛した太宰治や松之山を第二の故郷として、その湯に入った坂口安吾などがいる。
豊かな自然に囲まれて、温泉に浸かれば、誰もがこの地の自然から力をもらうだろう。
雪国観光圏の温泉群は、ダイナミックな自然のエネルギーと、地形と気候の絶妙なバランスの中で育まれた、奇跡的な恵みである。そしてはるか昔、縄文時代からこの地の人々が自然の滋養を受け取り、連綿と文化を築いていたことを知れば、その楽しみはさらに深みを増すに違いない。
雪国観光圏の温泉に浸かることで、大地と水、あふれ出る自然の恩恵を、まさに”肌”で感じることができるのだ。

 

8,000年前から人々は住み続けてきた
縄文時代から人々は、3mもの雪が降り積もるこの地域に定住し続けた。雪国の人々は、厳しい生活の中にも雪の恩恵を理解し、そこでの暮らしていく知恵や知識が雪国文化となり、現代まで連なっている。

 

多くの文化人が愛した雪国
川端康成が滞在し、雪国を執筆していたとされる「雪国の宿 高半」の「かすみの間」。当時の使われていたものや資料などが数多く残され、誰でも見ることができる。

 
(文:本間大樹)