【インタビュー】雪国の4人の織物職人たち
雪国に点在する織物の産地。いったいなぜ雪国で、織物の産業が根付いたのでしょうか?雪国と織物の関係を探るため、4人のかっこいい織物職人さんに、それら製法から、仕事にかける思いまで、色々とお話を聞いてみました。
【越後上布】高波明美さん
国指定重要無形文化財にして、ユネスコ無形文化遺産でもある「越後上布(えちごじょうふ)」その製法の基準は驚くほど厳しい。「一、すべて苧麻を手うみした糸を使用。二、 絣模様を付ける場合は手くびり。三、いざり機で織る。四、しぼとりをする場合は、湯もみ、足ぶみをする。五、さらしは、雪ざらし。」その織り手である高波明美さんへ伺い、織るところを見せていただいた。
経糸(たていと)をいざり機に掛け、シマキと呼ばれる腰当てをする。織る部分の糸を水に濡らした筆で丁寧に湿らせる。「こうしないと、糸が切れてしまうの。特に手うみをした(手で糸を作ること)麻糸は切れやすいから。太さも一定ではないし。」麻は乾燥に弱いから効率の良い高機(たかはた)でなく、いざり機で織るのも、麻糸が空気に触れる部分を極力少なくし、乾燥しやすい地面から高いところで作業しないためだ。また、腰当てで麻糸の張力を加減することもできる。「湿気の高い雪国だからこそ越後上布ができるんです。」出来上がった製品は雪国に春の訪れが感じられる3月の晴れた日に雪晒しをするそうだ。雪から発生するオゾンの力で漂白されるという。
準備が終わると、足首にかけたマネキの紐を引くことにより経糸を交差させ、その間に緯糸(よこいと)がセットされた杼(ひ)を通して打ち込み、最後に筬打ち(おさうち)をして、織りあげる。しかし、その速度は遅い。一手したら作業を止め確認、また一手したら作業を止め確認しながら作業を進めていく。1時間に15センチしか進まないそうだ。「絣(かすり)の位置のズレや、手うみならではの糸のほころびなど、常にチェックしないときれいな織物にならないんです。」一反織るのにどのくらいかかるのだろうか?「無地の簡単なもので2ケ月、絣が入ると3~4ヶ月、難しいと半年以上はかかるかな。越後上布はすべて手作業。糸を作るのにも半年。だから糸づくりからかかると一反できるまでに2年はかかります。」
祖母、母、と三代続く塩沢織物の織り手でもある高波さんは、織物会社から頼まれた反物を織る傍ら、塩沢織物工業協同組合で開催されている「越後上布伝習者養成講習会」の講師も務め、後進の育成にもあたっている。「ここでは冬期間のみ開催される講習会を年100日の講習会を5年間履修して初めて越後上布の織り手として認められます。でも本当に織り手として残るのは厳しい。その講座を履修しても10人に1人くらいです。」
「越後上布は、その肌触り、涼しさなど着てみて初めてその良さがわかります。ぜひ多くの方に着て欲しいですね。でも…越後上布の伝統はほっておくと絶対すたれてしまう。」そう語ると高波さんの温和な表情が一瞬引き締った。その表情には伝統を絶やさないという熱い信念が感じられた。
高波明美(たかなみ あけみ)さん
南魚沼市生まれ。数少ない「越後上布」の織り手であり、その技術を伝える「越後上布伝習者養成講習会 織り部門」の講師で、後進の育成にあたっている。
【十日町絣】渡邊孝一さん
細く急な階段を上がると、2階の工房には木製の織物機械が整然と並んでいた。その中の1台、縦糸を揃える“整経機(せいけいき)”を渡邊さんが操るとまるで生き物のように動き出し、静かな工房に車輪の回る音がカラカラと響く。「夏は蚕(かいこ)の買い付けをしていたうちの爺さんが冬場の仕事として始めたのが、この仕事なんだ。」20本もの細い糸が渡邊さんの手を伝わり縦糸として揃えられていく。「糸が絡まないようにするには“あや”が決めて」と言い、ゆっくりしかし着実な動きで糸をコントロールしてゆく。「織物の仕事は乾燥する地方ではできない。乾燥すると静電気がおきたり、糸が切れたりするからね。雪がもたらす冬の湿度はもちろん、ここ十日町は盆地だから夏の湿気もたまりやすいんだ。」
この渡吉織物さんは今では少なくなった昔ながらの十日町絣(がすり)の製法を守っている織物工房の一つだ。どの工程も手作業で細い糸を扱う作業で、本当に細かい。一反を仕上げるまで、数ヶ月かかることもあるそうだ。
昔から冬場の産業として織物が盛んで、街を歩けばいたるところで機織りの音が聞こえた十日町も、今ではめっきり衰え、織物業者も廃業が多くなったという。そんな中でも渡辺さんは黙々と織り機に向き合う。「どの工程も気を抜かないことだな。気を抜くと“うんだらける=糸が絡まる”から…」出来上がりが自分の思い通りになった時に、この仕事のやりがいを感じるそうだ。
渡邊孝一(わたなべ こういち)さん
三代続く十日町市にある渡吉(わたきち)織物の代表。十日町織物伝統工芸士会 会長。伝統工芸士。
【アンギン】柳沢美知子さん
アンギンとは本地域に自生するカラムシ(青苧:あおそ)などの植物繊維を利用した編み物。そのルーツは古く縄文時代にさかのぼり「衣」の源流とも呼ばれている。文献だけで既に途絶えたとする「幻の布」とされていたアンギンが発見されたのが、ここ津南町の結東(けっとう)集落。昭和28年にアンギンだけでなくその道具や製法を知っている人も再発見されたのだ。それが今の「ならんごしの会」のメンバーによって伝承されている。
この「ならんごしの会」は原料となるカラムシの栽培から、植物繊維を撚って糸とし、昔と同じ道具を使い、編み物に編み上げるまですべての工程を復元して行っている唯一の団体だ。また、そのアンギン編み技術は平成24年に津南町の無形民俗文化財にも指定されている。
「アンギン作りは手間がかかり大変だけど楽しみもあるのよ。冬、公民館にみんなで集まって糸を撚ったり、アンギンを編んだりするんだけど、ほら、手は忙しいけど、口は空いてるでしょ。だからみんなでおしゃべりするのが楽しいのよ。持ち寄った料理の作り方なんかを教え合いっこしながら…」と、笑みをこぼした。
縄文時代の女性たちも、厳しい冬の間、みんなでおしゃべりをしながら楽しくアンギンを編み、春を待ち望んでいたのだろう。
柳沢美知子(やなぎさわ みちこ)さん
津南町の女性たちがアンギンの技術を伝承する目的で設立した「ならんごしの会」のメンバー。カラムシ栽培からアンギン商品まで作る。
【十日町友禅染め】高野美穂子さん
織物には糸に染色してから織る「先染め」と織り上がってから染める「後染め」がある。十日町にある㈱青柳はその「後染め」で着物を作り上げる織物会社である。図案課の若いデザイナー高橋美穂子さんに工場を案内してもらった。「図案課では、江戸時代のデザインなどを参考にしながら、今のトレンドも入れながら図案を考えます。“青柳色”と呼ばれる弊社独自のカラー見本とにらめっこしながら作ります。」また友禅加工の現場では、型を使った友禅と手書き友禅の両方を行っているのだそう。
最後に絞り工程を案内してもらう。“絞り”とは生地を絞ることで模様に色をつける手法。㈱青柳では昔ながらの桶染めをしているそうだ。「染色には“友禅”と“絞り”と呼ばれる2種類の方法があります。その2つの製法を1社で行っているのは弊社くらいでしょう。1つの着物に2つの染色方法を加えることにより、多様で、オリジナリティーある着物が生まれるんです。」
高野さんに雪と着物の関係についても尋ねてみた。「まず、染色には水を使いますが、雪が地層をゆっくり浸透した当地の水は超軟水で、染色に最適です。硬水だと濁ってしまいますから。また糊を落としたり、染め上った着物を水に晒したりと染色の工程は大量に水を使うのです。」
ここは日本有数の豪雪地。そこはハンディではなかったのか?「十日町の織物会社は京都の様に工程ごとに細部に分業化されずに、一社で一貫生産を行っているところが多い。豪雪地で、製造過程の商品を運んだりするのが難しいからです。でもそのおかげで高い品質が保たれるんです。デザインの仕事でも、ちょっと“こんなデザインができるかな?”という時にはすぐ工場内の職人さんに聞くことができ、デザインに生かすこともできるんです。」
自社の着物はすぐわかるという高野さん。技術だけでなく、職人としての心も引き継いでいるようだ。
高野美穂子(たかの みほこ)さん
大学のテキスタイル学科で学んだあと、十日町の織物会社㈱青柳 設計部へ入社。デザイナーとして着物の企画・デザインに携わっている。